神港学園の山本大貴がプロ野球を辞退しJR西日本に進んだ本当の理由!

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高校通算ホームラン数は、プロ野球に進むうえでも注目される数字ではありますが、

 

唯一100本以上記録しているのはJR西日本の山本大貴のみ。

 

プロ野球を辞退してJR西日本に進んだホントの理由とは?調べてみました。

 

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山本大貴のwiki
本名:名前:やまもと・ひろき
生年月日:1994年6月27日
出身:兵庫県淡路島
180センチ、92キロ
右投げ左打ち

 

小学2年生で草野球を始め、既にこの時期には左肩を故障して右投げに転向しています。

 

中学時代は軟式野球部に所属し、外野手として2年夏の大会で県ベスト8入り。

 

神港学園進学後は1年夏から県大会でベスト4に進出。

 

2年秋の県大会でもベスト4に進出。ただ、甲子園の出場はありませんでした。

 



 

山本大貴のここがスゴイ!!!

 

高校野球史上ただ一人の100本超えを果たした山本大貴。

 

春夏通算8度の甲子園出場経験がある名門・神港学園の門を叩き、そこで縦振り打法に出会いました。

 

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当時のスイングスピードは158キロという数値を記録しています。

 

松井秀喜の現役時代が159キロ!

現役ではソフトバンクの柳田が150キロ台後半でトップクラスですので、

 

当時の山本さんは化け物級であったことが分かります。

 

スイングスピードのアップのため、筋肉トレーニングやサプリメント摂取など体のケアをしていたことでしょう!

 



 

山本大貴がJR西日本に進んだホントの理由!!!

 

いくら高校通算100本超えのパワーがあったとしても、プロ野球での力量を冷静に見極めていました。

①140キロがひとつの基準で、それ以上の球には対応できないことが山本自身が認識していた。

②甲子園にも出場したことがなかったため、全国の舞台で活躍する投手からは打てる自信がなかった。

 

上述2つの理由のため、プロ志望届は出さず、恩師・北原コーチが以前プレーしていたJR西日本への就職を決めたのが本当の理由です。

 

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JR西日本での山本大貴の活躍

 

自信のなかった山本の不安が就職後に的中します。

 

社会人の球に手が出ず、4年間で5本塁打と伸び悩み、2016年で現役を退きました。

 

山本大貴選手は以下をコメントしています。

 


「もしプロの球に対応できず、首を切られたらそこで終わり。社会人なら、野球でダメでも仕事はある。高校では無理言って私立に行かせてもらった。ボーナスは毎週応援に駆けつけてくれる母に全額送ってます」

 

高校通算100本超えのパワー男の現在は、中学時代に父を亡くして以来、

 

女手ひとつで育ててくれた母へ恩返しに尽くす孝行息子へと育っていました。

 

現在は広島県東広島市の西条駅で駅員をされているそうです。

 

 


 

読者を感動させるほど親孝行の山本さん。私は陰ながら彼を応援することに決めました!

 

彼は清宮選手が108発の記録を超えてくれることを自ら望んでいるようです。

 



 

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